この時の為に、十五年前から少しずつ少しずつ生き方を変えて来た自分が、いよいよ真価を試されるスタートがきられたなって、今朝感じています。
約四十年染み付いた当たり前の価値をはずすのに、十五年もかかりました。

最近は、スポーツ見ていても、二十代の凄いなあーって感じる選手は、淡々と動じない凄さがあります。そんな青年がいる一方で、僕よりもズット若いのに、まるで昭和一桁生かしらって思える程の、高度経済成長の価値を親御さんから受け継いでしまっている青年や、クールを装って生きている青年も増えています。

僕が蒟蒻だとすると、僕は醤油のお風呂に漬かっていることが、大人になることだって世代です。その時よっぽどじゃないと、家には殆んど醤油のお風呂しかないのに、僕は絶対に味噌とか、言える雰囲気では、なかった。
ましてやチョコとか、ソーダとか、あり得ない。
だから想像しても引っ込めとこ面倒だからと、生きてきた青春時代。

けれども大人達の仕事と呼んでいるものは、どこか危ういと感じて、その想いをロックやったり、悪いことして、表現していたと思うのです。

そうやってどうにか危ういけれども、五十代まで体制とは全く違う場で生きてこれたから、煮込まれ方も薄くて、もう真っ白蒟蒻には、絶対に戻れないけれども、アレンジは出来るかな。
けれども、染み込んでいる醤油少しでもおとしたいから、どうしようと思い飛び込んだのが、なんと十四年回り続ける、洗濯機でした。
そうして最後の脱水が半年、その後の5ヶ月は、乾燥機で又々グールグール。
そうして、今年の10月に乾燥機から出た自分に驚き、やっと以前の知っていた自分は死んだと気付き、それを認め、実はその自分では、国がやるべきような規模の改革を出来なかったんだと知り、なくしたものに「本当にありがとう、そしてさようなら」をして、見慣れない自分にやっと最近なれてきた、そして今日11月1日があります。

11月1日が、その節目という、「重要な間」という時期への入り口が開く日だと感じています。
この【間】は約十日用意されているように僕には感じます。
一番、流れを変えやすい時です。
僕に起こった2011.11.11.11.11は、スタートではなく、完全なる脱水行程の始まりだった。いやあ高速脱水で、あげられたり、下げられたり、回されたり、干されたり、まあよく生きていたなって言う感じでした。

この渦には、もう二度とはまりません。

僕はこの【間】の時期先ずは一日一食にしました。
他にも色々感覚をとにかく研ぎ澄ませておきたいから、課せることの項目をあえて増やしました。もっと色々今日から増やしましたが、今は秘密。
ジンクスや願掛けでなく、直観で、この時期研ぎ澄ませていないと、3釻11に自然界の声がまだまだ未熟で聞き取れなかったと後悔した自分から、脱していないことになる。

このような為にわざわざ建てた家を、破格な値段で手放し、その頃の家族の絆を試すように、本気の田舎暮らしに自分を突っ込んだ。
そして何の準備も整わないうちに、東北大震災が来た。

伊豆に家を建てるとき、丁度、北の国からの最終章【遺言】が放映された後の、「こうやって作られた北の国から」という内容の、三時間近くの特番を見ていました。
甘い、変革だよなと知りながらも、僕なりには、レクサスオープンカーからキュウブヘに象徴されるような、生きるの変革の洗濯機のヒトコマですが、今思えば都合の良い、ファッション感覚でのナチュラリストの始まりだったと感じます。
その伊豆の自分を手放したものの、まあついてるはついてるは、都会の垢が、グローバル資本主義の垢が。まるで草むらに入って、イガイガいっぱいの種が洋服に無数についてる感じです。

そして家を狂ったように改築して、養老院とサドベリーバレー学校の為に購入してある、土地に建つ納屋や家の片付けも、狂ったように取り組んで、きっとそんな自分にさようならを言う為に、間違いなく心のクレンジングをしていたのです。

今は、地球さん変革の前に
一緒に地球さんの号令を聞く位置にたてているなって言う、実感があります。
本当に地球さん号に乗って、出港の合図を待っている自分が間違いなくいます。
後は、号令を聞くのではなく、地球さんと一緒に出港の時を、最高の時にするように、研ぎ澄まし、もっと体使って筋肉痛になって、野生の感いっぱいの自分にしておくが、とっても重要だと感じています。


Android携帯からの投稿